荒波を越え、「輪島ふぐ」復興を目指して
Share
今回の取材先は能登・輪島。漁業と観光で栄えた町、能登・輪島。豊かな海の幸に恵まれたこの地で、古くから親しまれてきたのが「ふぐ」です。ふぐといえば山口県・下関市を思い浮かべる人も多いかも知れませんが、なんとこの輪島市は2011年から2015年にかけて天然ふぐの漁獲量が日本一なんです。市を挙げてブランド化を進める「輪島ふぐ」は、その質の高さで知られ、県内外で高く評価されています。今回は能登の歴史とこだわりを再発見する我々が、輪島ふぐの加工でトップクラスの技術を誇る「JFいしかわ輪島支所」さんに輪島ふぐの歴史とそのこだわり、未来に向けた取り組みについて取材してきました。

ちょっと間の抜けた表情がとっても可愛い!【輪島市観光協会公式「のとつづり」より】
地域一丸で育てた「輪島ふぐ」ブランド
輪島市にとって、輪島ふぐは地域の宝。市が主体となってブランド化を進め、商標登録もされるなど大切にそのブランドを育ててきました。市内にはふぐの石像が設置され、市内で美味しいふぐ料理が食べられるお店マップもあります。フグは観光の目玉となり、ふるさと納税の返礼品としても人気を集めています。「震災後、ありがたいことに、ふるさと納税の寄付額は大幅に増えたんですよ。全国からの応援が本当に励みになります」この地域全体を巻き込んだブランド力こそが輪島ふぐの魅力の一つです。

鮮度こそ命!港から食卓へのリレー
「フグ加工のスピードと丁寧さでは誰にも負けませんよ。」そう語る顔には長年の経験に裏打ちされた自信がありました。浜で水揚げされたフグは、可能な限り早く加工所へ運ばれ、翌日までには加工されます。熟練のスタッフの確かな技術により1日に1トンから1.5トンものフグを加工しているとのこと。素早く加工されたふぐは急速冷凍にかけられ、そのままお客様のもとへ。抜群の鮮度で届けられるからこそ、弾力がありぷりぷりの食感が楽しめるのです。

加工場の様子。新鮮な輪島ふぐが素早く捌かれていきます。
震災で激減した取扱量
「以前はね、年間170トンくらいは扱っていましたよ。それが震災今は5、60トンくらいかな」穏やかな口調ながらも、厳しい現実を語ってくれました。
震災は、加工場だけでなく港やその周辺にも大きな被害をもたらしました。多くの支援もあり、加工所はようやく2024.5月頃に修理が完了。徐々にではありますが、フグの加工が再開されました。
変化する販路、新たな活路を求めて
震災前、この加工所のフグは、地元飲食店や金沢、県外と広く出荷されていました。しかし、震災後は地元・輪島市内の飲食店の多くが休業を余儀なくされ、現在市内の取扱店は数軒程度にまで減少してしまったとのこと。
この状況を受け、再び県外への販路拡大に力を入れてています。「地元が大変だからこそ、外に打って出て、輪島フグの価値を伝えていきたい」。最近では、日本の食の中心地である東京・豊洲市場との連携も強化し、県外・海外と新たな活路を模索しています。

「輪島の漁業を良くしたい」という想い
お話を聞く中で見えてきたこの加工場の魅力は従業員との強い信頼関係です。
「働いてくれているのは、ほとんどが地元の人。現役の海女さんや・漁師の奥さんなんかも多いですよ」。加工技術の向上や「輪島ふぐ」がブランド化し全国的に評価されることは、安定した取引を生み身近な漁師さんの生活を豊かにすることにつながっています。
「自分の仕事が身近な人の助けになる」という熱意が、さらに高品質のふぐを生み出す原動力になっているのです。「震災後、大変な状況だったのに、従業員が全員『またここで働きたい』と戻ってきてくれた。それが何より嬉しかったし、支えになりました」。【まとめ】
GYUTTO NOTOTOで取扱う輪島ふぐには「地域で紡いできた確かな品質」と「身近な人の助けになりたいという温かい想い」がギュッと詰まっていることが今回の取材でわかりました。輪島ふぐの復興と能登・輪島の水産業を未来へつなぐ、熱い思いが込められた輪島ふぐをぜひご自宅で楽しんでみてください。